2018年にiPhone XSが発売されて以降、新たなSIM規格「eSIM」の話題を国内メディアでもよく目にするようになりました。その一方で、日本においてはまだeSIMが広く普及しているとはいえない状況です。
eSIMはこれまでのSIMとはどう違うのでしょうか。また、世界における利用状況はどうなっているのでしょうか。特にスマートフォンなどのコンシューマー領域に焦点を当てて解説していきます。
※本記事での「キャリア」とは通信会社のことを言います。
eSIMとは?通信サービス利用の仕組みと、カード型SIMとの違い
「SIM」と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、スマートフォンに挿し込む小さなカードではないでしょうか。
そもそもSIMは、「Subscriber Identity Module(加入者認識モジュール)」の略称。小さなチップの形をしているこのSIMには、携帯電話の契約者情報やキャリア情報、電話番号などのデータが書き込まれています。キャリアはこれらの携帯電話情報をSIMを通じて管理。このSIMが挿し込まれて初めて、スマートフォンはキャリアのネットワークを通じて、電話の送受信やインターネットの利用が可能になります。
そうしたSIMの次世代規格が、eSIM(embedded Subscriber Identity Module)です。eSIMは、スマートフォンなどの端末本体にあらかじめ埋め込まれたSIMのこと。従来のSIMと同様、ごく小さなチップの形をしていますが、端末から抜き差しすることはありません。また、端末が出荷される時点では、eSIMに携帯電話情報が書き込まれていないのも特徴です。あとからeSIMが埋め込まれた端末を操作し(QRコードの読み取り、専用アプリのインストールなど)、「プロファイル」と呼ばれるデータのセットをダウンロードしてeSIMに書き込むことで、電話やインターネットなどの通信を利用できるようになっています。
eSIMが利用されるのは、実はスマートフォンにとどまりません。たとえば、スマートウォッチを代表とするウェアラブル端末は、eSIMが注目されるようになったきっかけのひとつ。
今回の記事では触れませんが、たとえば自動車や航空機、農業機器や重機、スマートメーターやヘルスケアデバイスなどに通信機能を持たせる形で、IoTやM2M(Machine to Machine。モノ同士がインターネットを通じて自律的につながること)分野でeSIMの実用化が進んでいます。
どのようなシーンで利用する?eSIMの3つの特徴とユーザーのメリット
eSIMには、大別して3つの特徴があります。それぞれの特徴がユーザーにもたらすメリットとともに見ていきましょう。
メリット:
・国内外問わずキャリアを乗り換える際のSIM差し替えの手間が不要
特徴2:複数の携帯電話情報を保存できる
メリット:
・複数のプロファイルがあれば、端末操作で利用プロファイルを簡単に切り替え
・一部の機種ではスマホ操作不要で自動でネットワーク切り替えも可能
特徴3:ひとつの携帯電話情報を複数のeSIMで共有できる
メリット:
・一部モデルではペアリングにより異なる端末間で共通の通信サービス利用も
・カード型SIMにプラスしてeSIM利用可能な機種では一端末で複数の回線を使い分け、2台持ちも不要に
ユーザー自ら携帯電話情報を書き換えられる~海外での現地SIMの購入も不要に!
eSIMでは、それが埋め込まれたスマートフォンなどを通じて、ユーザーが気軽に携帯電話情報(プロファイル)を書き換え、キャリアを変更することができます。
各キャリアが管理している従来のSIMでは、キャリアを乗り換える際にSIMを差し替えなければなりません。また、SIMには上書きができないため、専用の端末を使って真新しいSIMに携帯電話情報を流し込む作業も必要です。
これらを大幅に簡略化できるのが、eSIMの特徴です。たとえば、キャリアを乗り換えたいときは、いつでも気軽にで変更が可能。解約や新規契約にかかる手続きが不要になり、回線切り替えのタイムロスもなくなります
たとえば、メインで契約している通信会社のデータ通信容量がなくなってしまった場合、別のキャリアを選択することもでき、通信容量を購入することができますよね。
また、海外渡航時にも現地のプリペイドSIMを購入して差し替える必要がありません。携帯電話情報を書き換えれば、現地のキャリアと契約する形で、ローミングよりも低額でスマートフォンを利用できます。海外出張の多いビジネスパーソンには重宝しそうですよね。
なお、このように携帯電話番号を書き換え可能なSIMには、eSIMを含めて複数の技術がありますが、その中でもeSIMは、GSMA(移動体通信事業の国際的な業界団体)が定めた標準規格に準拠した技術であるのがポイント。「ユーザーが自由に書き換えられる」と聞くと、安全性に不安を感じる人もいるかもしれませんが、セキュリティ面でも高い水準が確保されています。
複数の携帯電話情報を保存できる~Google Fiでは最適なキャリアに自動で切り替え
eSIMには、複数の携帯電話情報(プロファイル)を保存できる特徴もあります。複数のプロファイルを持っている場合は、端末を操作して、利用するプロファイルを簡単に切り替えることが可能です。
その仕組みを利用している例のひとつが、GoogleのMVNOサービス「Google Fi(旧Project Fi)」。世界200地域以上のキャリアと提携している同サービスでは、利用開始時に複数キャリアの携帯電話情報がeSIMへ登録されます。海外渡航時には、登録されたものの中から最適なキャリアのネットワークへ切り替えが可能。
Pixel 4など一部の機種では、スマートフォンで操作することなく、自動的にネットワークを切り替えることもできます。対象地域であれば利用料金は一律となっているため、海外でもキャリアが切り替わったことを意識することなく、より快適にスマートフォンを使えそうです。
ひとつの携帯電話情報を複数のeSIMで共有できる~Apple WatchとiPhoneのペアリング
eSIMでは、ひとつの携帯電話情報を複数のeSIM(SIMとの組み合わせも可能)で共有することも可能です。その特徴を利用した代表例が、Apple Watch 3以降のGPS+Cellularモデル。Apple Watchに内蔵されているeSIMが、iPhoneに挿入しているSIMと同じ携帯電話情報を共有することで、電話などの通信サービスを利用できるようになっています。
そのほか、従来のカード型SIMにプラスしてeSIMを利用できる機種では、デュアルSIMのスマートフォンとして、1台の端末で複数の回線を使い分けることが可能です。仕事用とプライベート用でスマートフォンを2台持ちする必要がなくなりますし、スマートフォン1台(単一の電話番号)でビジネスとプライベートの用途を兼ねる場合よりも経費精算が簡単になりそうですよね。
ただし、現時点では日本国内では音声通話に対応したeSIMのキャリアはなく、従来のSIMで音声通話、eSIMでデータ通信をするという使い方になります(SIMロックの解除またはSIMフリーであることが必須)。
キャリア側にはデメリットも?eSIM普及における課題
このように、ユーザーにさまざまなメリットをもたらすeSIMですが、現時点では、これらのすべてを十分に享受できるとはいえない状況にあります。eSIMが普及するにあたって何が課題になっているのか、具体的に見ていきましょう。
課題:対応端末が限られている
eSIMに対応した端末は世界的に見てもまだあまり多くありません。日本国内でeSIMを利用できるスマートフォンは、iPhone XS/XS Max、iPhone XR、iPhone 11シリーズ、Google Pixel 4のみ。また、2019年にMNO(携帯電話キャリア)に参入した楽天は、eSIMに対応した独自開発のAndroidスマートフォン「Rakuten mini」を発表していますが、発売日は未定です。
課題:eSIM対応のキャリアが少ない
特に日本国内の課題として目立つのが、eSIM対応キャリアの少なさです。海外ではMVNO を含め、eSIM対応キャリアが見られるようになっていますが、国内では2020年1月時点で、IIJの1社のみ。それ以外では、海外のキャリア・プロバイダーのeSIMプランを利用することになります。ただし、先述したとおり、いずれの場合もeSIMで利用できるのはデータ通信に限られており、現状では音声通話を利用できません。
また、国内の3大キャリアによるeSIMへの対応を見てみると、コンシューマー向けは、先述したApple WatchとiPhoneのペアリングに関わるものが基本。スマートフォン単体での利用については、唯一KDDIが海外渡航時限定でeSIMのプランを展開しているのみです。
こうした課題がある中、とりわけ日本国内では、eSIMを利用できる機会が限られているのが実情です。ユーザーとしては物足りないかもしれませんが、ユーザーが簡単にキャリアを乗り換えられるeSIMは、キャリア側にとっては「ユーザーが流出しやすい」デメリットがあるともいえます。キャリアがあまり積極的になれないのもうなずけるのではないでしょうか。
おわりに
現時点ではまだ普及に課題の残るeSIMですが、ユーザーの通信利用の在り方だけでなく、通信キャリアのビジネスの様相をも大きく変化させる可能性があります。
人やモノのグローバルな移動がいっそう活発化する中で、重要性が増しそうですね。
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