IT化が遅れていると言われる業界の一つに、医療業界があります。それゆえに、医療×ITの分野にはまだまだ成長性がある反面、医療に関してまったくの素人がいきなり参入するのは厳しいといった現状もあります。
そんな折、実際に医療現場で働く中でIT化が遅れている現状に危機感を持ち、自らの手で変えていこうと起業されたのが、メドピア株式会社です。創業者で代表取締役社長 CEOを務める石見陽さんは、現役の医師。現在も内科医として週に一回、臨床の仕事を続けながら、会社を経営しています。
起業の背景にはどのような思いがあったのか。また、医師のコミュニティサービス「MedPeer」をどのように大きくしていったのか。石見さんにうかがいました。
IT化が進まない医療・介護業界
― 現在の医療業界には、どのような課題があると感じておられますか。
一言で言えば、IT化が足りないということです。週に一回臨床医として勤務しているのですが、まだ紙カルテなんです。一週間のうちにあんなにボールペンを使うことは臨床の日以外ではないですね。
もちろん医学には最先端のテクノロジーが使われていますが、医療というサービスにおいてはIT化が遅れています。それは医療業界だけでなく、介護業界も含めてそうなのだとか。
また医療業界は、まだまだ医師や看護師、薬剤師など医療提供者の理屈で動いています。インターネットの普及で患者さんが多くの情報を得られるようになり、医療提供者と患者さんの情報格差は緩和しました。
そのタイミングで、これからは患者さんが医療に参加していく世界になるという考え方が生まれていますが、そういった時代にはまだ距離があると考えています。
ITはメドピアの事業分野です。IT化は、医療業界にどのようなメリットをもたらすのでしょうか。
サービスがIT化されれば、データが集まるようになります。そのデータを活用することで、患者さんは根拠を持った形でさまざまな意思決定ができるようになる。それが医療の質の向上にもつながっていくということが、IT化のメリットの一つだと思います。
創業は医療不信全盛期。医師としての思いが起業の原点
―メドピアを起業したきっかけをお聞かせください。
創業したのは2004年です。ちょうどそのころ、国内では医療訴訟の件数が過去最高に達しており、世間の医療不信は全盛期にありました。しかし臨床の現場では、医師が患者さんのために寝ないで働いている。僕は臨床の現場にいて、その軋んだ状況が医師と患者さん双方にとって、とてももったいないと感じていました。
日ごろから医療の質を上げるための情報交換をしようにも、医師たちにはそのための場がないという課題がありました。
孤独な医師たちをつなげ、医師同士が健全に意見や情報を交換できる世界をつくり上げたいと考え、2007年に医師専用のコミュニティサイト「MedPeer」をスタートさせたんです。
それ以前は、サイドビジネスとして、医師の人材送客サービス(現「MedPeer Career」)だけを行っていました。
当初は臨床の仕事をメインに、サイドビジネスとして始めた会社経営でしたが、「MedPeer」のコミュニティは絶対に医師にとって必要なものだと確信していたことから、翌2008年に臨床の仕事を週一回に減らし、会社経営にリソースを振り切る決意をしたのだそうです。
病気にかかったときの人の一生を見ると、
・予防
・病気の前段階(未病)
・疾病
・終末期
という流れになります。今までの医療は疾病→終末期が中心でしたが、医療費削減のため、予防→病気の前段階(未病)にも目が向けられるようになりました。
メドピアとしてもその領域に踏み込み、患者さんに向けたサービスとして、食生活改善から病気予防やダイエットをサポートするサービスを提供する株式会社フィッツプラス、オンライン医療相談やオンライン産業医など、従業員の健康をサポートする産業保健支援サービスを提供する株式会社Mediplatといったグループ会社を経営しています。
メドピアのミッションは、「Supporting Doctors, Helping Patients.(医師を支援すること。そして患者を救うこと)」。メドピアが行う事業は、すべてこのミッションに合致して考えられているとのことでした。
コミュニティづくりは地道なコミュニケーション促進から
―「MedPeer」は医師同士のコミュニティです。コミュニティづくりは昨今のビジネスのキーワードにもなっていますが、つくろうとしてしまうとできにくいものでもあります。「MedPeer」ではどのようにコミュニティをつくっていったのでしょうか。
立ち上げたばかりだと、早く会員を増やそうと友人に声を掛けたくなるものですが、そこはぐっと我慢しました。自分の友人ばかりのコミュニティになってしまうと、その後は僕を好きか嫌いかだけで入るか入らないかが決まってしまい、プラットフォームとしてスケールしないと思ったんです。
そこであえて周囲には声を掛けず、医師が集まる学会に参加してチラシを配りながら、一人ひとりにコンセプトを説明。医師同士ということや、入会や利用は無料でリスクがないこともあり、話せばほとんどの人が意義に共感して入会してくれたそうです。
ただ、初めのころはたまに掲示板が荒れたりすることもありました。そのときには自分が代表として名前を出し、このコミュニティでやりたいと考えていることを書くことで、コミュニティの文化を健全につくっていきました。
また、初めはただの掲示板だったので、このサイトで何をすればいいのか分からないという声も上がっていました。そこで「薬剤評価掲示板」という薬の口コミ共有など、テーマ別でコンテンツをつくりながら、コミュニケーションを促していきました。
代表として出たり引いたりしながら、共感を呼んだりディスカッションの切り口を与えたりすることで、コミュニティを拡大していったといいます。
現在、メドピアは会社としても拡大し、グループで約150名の従業員を抱えるまでに。しかし、経営者と医師の仕事を両立するのは簡単なことではないように思えます。
僕は、この会社の経営も医師としての仕事だと考えています。僕は人の命を救いたいという思いから医師になろうと思いました。会社で提供しているサービスも、週1回の臨床の仕事と同じようにその先の患者さんを救うことにつながっているので、両立だとは思っていない。いずれも「Supporting Doctors, Helping Patients.」という目的に向かうための手段だと捉えているんです。
コミュニティの集合知を起点に新たなサービスを
― 現時点で、よりテクノロジーに特化したサービスは考えておられますか。
今は、プラットフォームから得られる口コミをはじめとした集合知、医療に関する相談・回答、運動や食事等のライフログ、医療現場から集める調剤等のリアルワールドデータなど、現在提供しているさまざまなサービスからデータを集めていこうと思っています。
そうした医療データを統合したデータプラットフォームを創り上げることで、その先に展開できるビジネスの可能性が広がると考えています。
ビッグデータの活用は、製薬企業を含めさまざまな企業が狙っているところ。その中でメドピアは、すでにコミュニティの集合知という一朝一夕では集められないデータを持っていることが強みです。
また、最近はネットとリアルのプラットフォーマーの協業や共創が始まっています。我々もスギ薬局さんとの協業を始めていますが、生活者とリアルの接点を持つプラットフォーマーとの協業が、面を取りに行くうえで非常に大きな一歩になると考えています。
ビジネスを展開していくうえで、医療の現場に欠かせないサービスをつくっていくことが目標だと語る石見さん。医師として、テクノロジーをもって医療の中核から変えていくことで、ひいては患者さんのためになる世界をつくっていこうという熱い思いが感じられました。
石見さん、お忙しいなかありがとうございました。