「博士号取得者」というと、「日本では就職難だけれど、海外では重宝されている」というイメージが強いですよね。
とはいえ、実際のところはどうなのでしょうか。
アメリカやヨーロッパ、アジアなどでは、博士号取得者はどのような扱いを受けていると思いますか?
今回は、世界における博士号取得者の現状を比較してみました。
日本の博士号取得者が直面する厳しい現状
文部科学省が毎年実施している「学校基本調査」の2016年度版によると、博士課程修了者に占める就職者の割合は67.4%となっています。
そのうち正規採用は51.7%、非正規採用は15.7%。学部新卒が当然のように正社員に採用されていく現状と比較すると、たった半分程度しか正社員になれないというのは厳しい状況ですよね……。
専攻分野別にも差があります。医療関係機関に就職できる保健分野の就職率が80.9%、エンジニアとしての就職口がある工学分野が72%であるのに対し、社会は51%、人文にいたっては36%という数字です。
さらに修了者のうち、就職も進学もしない人は18.5%となっています。つまりデータ上では、約5人に1人がいわゆる「ニート」になってしまっているということです。なぜこのようなことが起こっているのでしょうか。
原因のひとつに受け皿不足があるでしょう。
文部科学省科学技術・学術政策研究所が実施している「民間企業の研究活動に関する調査」の2016年度版によると、調査対象となった約3,500社のうち、2015年に研究開発者として博士課程修了者を採用した企業はたった9.2%しかありませんでした。
また1人以上研究開発者を採用した企業(477社)に限定してみても、そのうち21.6%の企業しか博士課程修了者を採用していません。
日本における「博士号」の扱い
どうして博士号取得者は企業に採用されないのでしょうか。
同研究所は研究報告書「民間企業における博士の採用と活用-製造業の研究開発部門を中心とするインタビューからの示唆-」において、民間企業19社にインタビューした結果を発表しています。
調査の結果からは、日本企業において博士号という学位があまり重視されていない傾向が見られます。
博士課程修了者の待遇は、調査に応じたすべての企業において、単に「修士課程修了者プラス3年」という位置づけとなっていました。つまり博士の学位を持っているからといって、学部卒や修士修了者より給与や昇進の面で優遇されることはないということ。
「博士号取得者を採用しても、年齢と給与が高いわりに即戦力ではなく、手間ばかりかかってしまう」という認識が日本企業では一般的であるようです。
ただそうした認識そのものが、実際に「使えない博士号」の現実を生んでいるようにも感じられます。博士号取得者独自のキャリアパスをととのえ、適切な社内教育をすれば、博士課程教育で得た専門知識と技術を生かせる人材が育つのではないでしょうか。
博士号が給与に反映されるアメリカ
一方、アメリカにおける博士号取得者の状況はどうでしょうか。
アメリカ国立科学財団(NSF)が行った調査「Science and Engineering Doctorates」によると、2015年における博士号取得者の就職率は60%です。これだけ見ると日本と変わらないのでは?と思われるかもしれませんが、専攻分野別に見ると違いがはっきり見えてきます。
たとえば工学分野の博士号取得者は、64%が就職です。残りは何をしているかというと、ポストドクターとして大学に残っています。そして人文分野ではなんと80%が就職。日本とはまったく異なる状況ですよね。
また給与を見ても、アメリカにおいて博士号という学位が評価されていることがわかります。
同調査によると、博士号取得者の年収は、学術機関で6万ドル(約680万円)、民間企業で10万ドル(約1,130万円)、行政機関8万5,000ドル(約960万円)です。アメリカ全体の平均年収が5万6,000ドル(約630万円)程度であることを考えると、優遇されていることがわかりますよね。
このように社会全体で博士号という学位が認められているのはよいことですが、その一方で、博士号のいらない仕事に就く博士号取得者の数が増えていることを問題視する声もあります。「教育資源・資金の無駄遣いになってしまう」という意見です。
近年では、博士課程進学者を減少させる試みもなされているといいます。日本でも、母数を減らす対策は考える必要があるかもしれません。
ヨーロッパ、アジア……世界の博士号取得者事情
雑誌「Nature」に掲載された論文では、進歩的な取り組みとしてドイツの事例が紹介されています。
ドイツは年間の博士号取得者数がヨーロッパでもっとも多い国です。その一方で、博士課程を改革することにより、供給過剰の問題も順調に解決しています。
ドイツにおいても、世界各国同様、研究職の募集は減少傾向もしくは横ばいです。ただしそのかわり、博士号取得者は、高度な訓練を受けた人材として幅広い分野に売り込まれています。
多くの博士課程の学生は、実験室での研究以外に、プレゼンテーションスキルや報告書作成スキルを身につけるための授業を受けているそうです。博士号取得者を優秀な人材として育成する制度がととのっているため、受け入れ企業側も安心して採用できるんですね。
アジアでは、中国における博士号取得者の増加が止まりません。2009年には、中国の博士号取得者数が約5万人に達し、一部の統計では世界一になりました。
ただし、指導教官の資質が不十分であったり、教育制度の品質管理が欠けていたりといったことから、博士号取得者の質の低さが問題となっています。たとえ人材として質は低くても、故郷に帰れば就職できるのが現状のようです。
今後、「学位とは何か、博士課程とは何か」が問われることになるのではないでしょうか。
今後、世界の博士号取得者はどうなる?
博士号取得者については、世界の国々がそれぞれ問題を抱えていることがわかりますよね。その問題に対する対策もさまざまです。
日本については、母数である博士号取得者を制度的に減らすことと、博士号という学位に対する認識を深めて受け皿をととのえることが必要だと考えられます。
そして受け皿という点では、労働市場がグローバル化している以上、世界の国々と足並みをそろえることが不可欠になるでしょう。世界中の博士号取得者が、積み上げてきた専門知識や技術に見合った評価と処遇を得られ、気持ちよく働けるようになるといいですよね。
※参考URL
学校基本調査 平成28年度
民間企業の研究活動に関する調査報告2016 速報
民間企業における博士の採用と活用-製造業の研究開発部門を中心とするインタビューからの示唆-
博士課程修了者の進路実態に関する調査研究
Table 44. Postgraduation plans of doctorate recipients with definite commitments, by broad field of study: Selected years, 1995–2015
Table 49. Median basic annual salary for doctorate recipients with definite postgraduation plans for employment in the United States, by field of study and employment sector: 2015
OECD (2017), Average wages (indicator). doi: 10.1787/cc3e1387-en (Accessed on 23 February 2017)
PhD大量生産時代 | Nature 特別翻訳記事 | Nature Research
企業における博士号取得者の国際比較