「ネイルサロン」業界において、現在出店舗数71店舗とトップクラスを誇る株式会社ノンストレス坂野社長。
もともと華やかな職業といわれる“女子アナウンサー”として活躍をしていた坂野さん。
ニューヨーク特派員をされていた時、「起業して社長になりたい!」と決意し、ビジネススクールへ通うため7年間勤めていたフジテレビを退職されたんだとか。
当時社長になりたいといっても起業の種がなかったので、卒業後、企業に就職したのち、現在とは別の事業を起こされたことが起業家としてのスタートだったそうです。
MBA取得し、結婚、出産を経た後、人材ビジネスで最初の起業。そして、自らの感動体験を盛り込んでのネイルサロンの起業。
今回はそんな坂野さんに、ネイルサロンを起業してから拡大してきた経緯、海外出店の背景など、いろいろお聞きしました。
ストレスフルな社会に生きる方々に、ストレスを解消していただけるような、ささやかでもワクワクする幸せ感を提供したい
―いろいろある事業の中からなぜネイルサロン選ばれたのでしょうか
―坂野
最初に起業した事業でニューヨークに出張にいったときです。
アナウンサーを辞めビジネススクールに通っていた頃はなかった「ネイルサロン」がたくさんあることに気付かされました。
また、そこはとても親しみやすい感じで誰でも入っていけるようなお店ばかりでした。
坂野さんご自身、マニュキアを塗るのに1時間くらいかかってしまうほど器用ではなかったとか。
日本でネイルサロンに通ったこともあったそうですが、すごく敷居が高くて気軽に入れるものでなったこともあり、「これは日本で展開できる価値がある」と思ったそうです。
おしゃれに敏感な女性ならではのひらめきといいますか、当時日本に多くなかった業界で定期的に通っていただけるサービスに目を付けられたという観点がよかったということでしょうか。
―坂野
最初のビジネスプランでは、10年以内にIPOしますよとか、100店舗出店を目指してますとか、スピーディに展開していきますとか掲げていました。
ですが、実際やってみると出店するにも一苦労でした。
1店舗目をスタートしたはいいものの、赤字でしたし・・・・・・
世の中の女性に知っていただくために、雑誌にたくさん取上げていただくよう売り込みましたね。
口コミや紹介が増え、ネイルケアを受けたいとたくさんのお客様が並んで待っていただけるほどにもなりましたが、すぐに黒字にはなりませんでした。
初期投資が結構かかってしまったためです。
最初のシナリオとはほど遠い状況でしたが、ご自身の給料もほぼゼロに近い状態だったり本部のコストを極端に切り詰めたりしながら、その後1年に1店舗というペースで増やしていったそうです。
どんなに小さなことでも出来ることを精一杯やっての店舗増加、強い思いを感じました。
出店する場所を変えての挑戦と新商材の提供が、転機となった
―けして順調ではなかった状況をどのように盛り返してこれたのでしょうか。
―坂野
チェーン展開が加速したことが大きな転機です。
3店舗目までは、ビルの中にあるお店でしたが、出店する場所が変れば何か新しい気づきがあるのかもしれないと思い、商業施設に売り込みにいきました。
大手ビルへの出店を掛けたコンペにも積極的に参加しました。
ある商業施設へ営業に行ったとき、隅っこの倉庫みたいな場所だったら出店してもいいよと許可をもらうことができたそうです。
ですが、場所が場所だけにうまくいくか不安だったようですが、商業施設という新しい環境でのサービスに挑戦されたんだとか。
そして、大手ビルのコンペでは、坂野さん自らプレゼンをし出店を勝ち取ったそうです。
この出店があって、その後全国のから出店のお声をいただくようになったとのこと。
また、店舗を増やすことも重要ですが、当時の単価が低く儲からないということも悩みの種だったそうです。
なぜかというと当時は「クイック、フレンドリー・カジュアル、リーズナブルなお店」を目指していたので、他社の半額くらいでサービス提供をしたいたんだとか。
―坂野
創業して10年くらい経ったころでしょうか。
新しいネイルの商材が出始めました。チェーン展開をしている業界ではいち早くその商材をサービス展開したんです。
その素材を導入することが出来たので、単価も上がり、お店の売上げも良くなり、1年に一店増やしていた出店ペースを速めることができるようになりました。
新しい素材が提供できることによって、お客様の求めるものが変ってきたとのこと。
提供できるサービスが良くなったことで、それを求めるお客様の滞在時間が長くなり、単価を上げることにも繋がったそうです。
更に居心地の良いサロンをつくらないといけない。
となるとおもてなしの気持ちと技術と接客の質が高くないといけないということで、「Quality & Hospitality(クオリティ&ホスピテリティ)」に経営方針を変更されたんだそうです。
日本の品質と技術の高さを、世界へ
―ネイルサロンをどのように世界へ展開されているのでしょうか
―坂野
まず、ニューヨークにサロンの出店をしました。海外出店第1号です。
もともと海外出店は考えていました。
まずはシンガポール、そしてアメリカに出そうと準備を進めていたのですが、シンガポールの物件進捗が良くなかったので、3年半滞在していたこともあり土地勘があったニューヨークを優先して出店することにしました。
そして海外出店だけではない、ノンストレスだからできる世界展開もあるんだとか。
―坂野
チェーン店の展開だけではなく、ネイルの素材やオリジナル化粧品の企画製造販売もおこなっています。
川上は素材を製造している会社、川下はネイルサロンで、世界一のネイル会社になりたいと思っています。
また、それ以外で重要なのは、細かい日本の技術教育や接客教育を世界に広げていくことだと思っています。
海外へのサロン出店もそうですが、オリジナル素材の自社ブランド商品を積極的に伸ばしながら世界展開を図っていると。
商品知識・技術といった教育が欠かせませんが、eラーニングを活用しているそう。
そんな中、創業の思い、理念を伝えてることを、欠かさず取り組んでいるとか。
―坂野
私自信がネイルケアをやってもらってすごく幸せを感じたんです。
社の理念にもある「ささやかな幸せ」です。
「ゴージャスな幸せ」って海外旅行にいくとか高級なスパにいくとかあると思うんですが、高級じゃなくても「きれいになってうれしい」と感じることができる「ささやかな幸せ」を世界に広めたいと思っています。
さいごに
―坂野
どのサービスにおいても世界展開していくことは、とても大変なことだと思います。
それぞれの国の法律であるとか、労務であるとか、情報の取得力。そして実行力ですね。
自分のやり方ではなく、一からやる気持ちで世界を相手にしていかないと、成功への道は見えないのではないかと思います。
たしかに、ものの見方を変えることは必要ですよね。
日本ではこれがOKということでも国が違うことにより、そうでなかったり、更にアドオンされる事柄もあるかもしれないですよね。
現地情報、変わっていく法律……
どこにいてもそうですが、全てにおいて変化に気づくことも重要だということですね。
坂野さんお忙しいところ有難うございました。